一年を振り返るだけの記事

2019年でした。

2020を目前して居続けた一年だったと言っていいでしょう。数字としても価値の高いその20と20の重なる年は、東京オリンピックの年です。

ですが2019年というやつは、振り返ってみれば前座なんていうこともなく、いい年でした。



長い記事です。

について記述しています。


2019年は、しおさんとの100先からスタートしました。COUNTDOWN JAPANから帰り、そのまま100先を敢行。

ダブル近くの大差で負けて、眠りについた1/1でした。その日の調子は決して悪くはなかったです。

しおさんのチャンネルに動画あります。


僕は冬というやつが嫌いで、とても嫌いで、だからそれから春になるまでに、あまり良い思い出はありません。それでもあった楽しい思い出を少し書きます。


2月。

ぷよカップがありました。今でも、鮮明に覚えています。確かその時は、fameと話していました。ルビーくんの98世代リーグで対戦した時に初めて知り合い(8-20で負けました)、理大祭にゲストとして参加した時に少し会話をしていました。

俺はぷよ界に知り合いは多くなく、fameを見つけた時には、話せる人がいると喜んだことを覚えています。

俺がfameと話していると、ぐーさんとむなぞーさんが現れました。ぐーさんとは確か2018年11月大会(10月かも)の時に予選で当たっており、ぐーさんはその時予選抜けをしました(俺は0勝でした)。とある集団に囲まれていて(今思えばそれはTOPメンバーでした)、とても人気のある人だなと思っていました。また、俺がしばかずさんに初めて会った時に、ぐーさんとしばかずさんが一緒にいたため、そこでも見覚えはありました。

一方でむなぞーさんとは面識がありませんでした。背が高く、理知的な風貌をしていて、見た目からは礼儀正しいのだろうなという印象を受けました。

今は少しマシになったものの、この時は知らない人ばかりの状況にコミュ障を強めていて、俺は話しかけることはしないでいました。しかしむなぞーさんが挨拶をしてくれて、仲良くなりました。今ではクソリプを送り合っています(それもどうなんだと思うけれど)。

2月大会の終わり、99食事会のストーカーをするぐーさんとむなぞーさんについて行って食事しました。たしかメンツはむなぞーさん、ぐーさん、生ハムさん、fame、俺。ここら辺は記憶が曖昧です。

その時に、ぐーさんが「良かったらTOPに来て」と言ってくれたのを覚えています。


同じ店にいるので、会計の時にストーカーをしていたことがバレました。

99世代はチーズダッカルビを食べたのですが、そこら辺で色々あったことを知ったのは、もう少しあとの話です。

会計の時の、えるるうくんの「高くない?」という声を覚えているような、いないような。




冬にあったのはそれくらいです。今より更に弱かった俺にとっては、大会というのは見て、羨むばかりのものでした。



春が来て、俺の気分は最高でした。理由は春が冬から最も遠い季節だからです。そして大好きな夏はもう目前ですから、花粉なんて気にしてませんでした。


初めて行ったのは、いつだったでしょうか。

少なくとも確定している事実は、5月頃にTOPに行っていたことです。

ぐーさんに誘われてなお尻込みしていましたが、fameがいるのなら、とTOPに行くことを決心しました。

それはまだ寒い時期で、恐らく4月だと思います。あるいは2月か3月か。

しかし結局、fameはバイトの関係で夜遅くに現れ、むなぞーさんもまた19時頃に現れたのでした。

昼頃、ぐーさんと、まつおさんと、たかださんと、俺とかそこら辺で大富豪をしたのを覚えています。今思えば、メンツが濃すぎるだろ。

僕はfameの到着を内心で待ちながら、最後に残った❸の札を握りしめていました。イレブンバックを期待して。



それから少し経ち、恐らく4月頃にもTOPに行きました。

確かそこで、いおなくんと知り合ったのでした。彼は好青年で、丁寧で優しい人です。彼に「TOPに入らないんですか?」と言われて、認められているような気がして、嬉しかったことを覚えています。

しかし、俺はTOPに入りたいという意志を示すには、まだTOPに詳しくないと考え、TOPに入るという気はありませんでした。(1番懸念していたことは、俺がTOPに入ることで、不利益になる人がいることでした。当然、俺より先にTOPにいたであろう誰かが、TOPに対して俺のせいでマイナスイメージを持つということが無いように慎重になっていました)

彼がテトリスがとても上手いと知るのは、それから少しあとの話です。


ぷよカップ5月大会はその前か後か、分かりませんが、その近くにありました。結果を覚えていないので恐らく、一勝とかその程度でしょう。

ぷよカップの終わり、TOPの一部メンバーや99世代とサイゼリアに行きました。(一応言及しておきますが、大ライスは注文していません)

確かそのエレベーターで、いのうえくんと会ったのでした。彼は俺のスマートフォンの画面にうつった、赤いアイコンと文字から「まいく」だと理解して話しかけてくれたようでした。相変わらずコミュ障だったので、話しかけてくれてありがたかったです。

その時の彼はまだ、風味キッズではありませんでした。



調べたところ、俺がTOPのLINEグループに入ったのは5/17でした。

とにかく拗らせていた俺は、TOPに入るかどうかということはとても難しい問題でした。

fameがそろそろTOPに入る?と言ってきたことは、鮮明に覚えています。

続けて彼は、理大祭には参加すること。新入生と仲良くすること。という話をしました。

彼は分かっていてそれを言ったのか、単に俺がただ入ることに不安がってそう言ったのか分かりませんでしたが、その話はとてもありがたかったです。

彼の言葉を受けて、自分は理大祭での準備、運営や新入生が馴染みやすいようにするという立ち位置でいれば良いと感じたのです。(つまり自分がTOPに対して生むかもしれない不利益を上回る貢献が出来れば、TOPに入ることを自分でも許せると感じたのです)

その時思い出したのは、fameが代表になりましたとツイートしたのを見て、彼のDMに手伝えることがあった頼ってと送ったことでした。

手伝う気があるのなら、TOPにいる方が良いと思いました。


当時、ここまでTOPに入ることに消極的ですみません。今では大好きです

それから、俺はあまりfameの役に立ってはおらず、別に理大祭でも大して運営を手伝ったりはしないのですが、それはもう少しあとの話です。


国体の予選をやっていました。スコアの関係で予選を抜けられないだろうと感じていて、また千葉にはレインさんやSAKIさんと言った強豪がいることもあり、出る気はありませんでした。

レインさんは国体前にTOPに来て、国体に行くかどうかについては「起きれたら行く」と言ってました。なので俺は、じゃあ俺はやめとこうと思いました。それから少し経って、香川県代表としてルカさんが出たと知った時に、(彼とはその時の半年前くらいによく連戦していたので)悔しいなと、置いていかれてしまったなとそう思いました。最近連戦しましたが、やはり置いていかれているように感じました。


そして、夏にはぷよ界を騒然とした一大イベントがありました。

次の記事に続きます。


一年を振り返るだけの記事2 終

について書きます。


ぷよ界に起きた一大イベントというのはぷよカップ8月大会の打ち上げに風味さんが現れたことです。

その日、風味さんが新大阪の写真を上げていたことは承知していましたが、誰かのパクツイだろうと思っていました(恐らく事実そうだった思います。)しかし、結果として風味さんは現れたのでした。

虚をつかれたというか、予想の範疇外のことでした。相変わらず、想像を超えるお方です。

俺の認知と風味さんの実態は常に虚・分離しています。

ともかく、その日以来、TOPに行くとfameといのうえくんに風味キッズなのに風味さんに会っていないと煽られるようになりました。


それから、大ライスにも触れておきます。

俺と言えば風味キッズ、大ライス、ウェコ・セパラティアンという風潮なので。

大ライスというのは、サイゼリアにて俺がミラノ風ドリア、ハンバーグ、大ライスを注文した際に(馬鹿なので)ハンバーグだけを先に食べ終わり、ミラノ風ドリアと大ライスのみが残ったことに端を発します。

その状況を受けてむなぞーあっとぱおん、たまやさん、ぼんさんあたりが「まいくはミラノ風ドリアと大ライスを食べ合わせる」と言い出したのでした。

しかし現実にはその食べ合わせは実にゴミでした。俺は、この苦しみを他の誰かにも味わって欲しいと思い、20先で負けた方がミラノ風ドリアと大ライスを食べるというようなツイートをしました。そのツイートに釣れたのが、むなぞーさんでした。

そんな訳で、俺とむなぞーさんが連戦した場合、敗者側はミラノ風ドリアと大ライスを食べるということになりました。

もう10セットは食べたと思います。むなぞーは1敗だけです。なめてますね。



夏には、TOPの合宿がありました。とても楽しかったです。特にビリヤードは楽しかったです。

しょっしーさんと仲良くなりました。(話しかけた理由は、大阪で風味さんと会ったらしいから印象を聞きに行きました)

詳しくはTOPの会期見てください。


1番覚えていることは、ゆびわざで風味さんに会ったことです。一応説明しておくと、YUBIWAZAという賞金100万のアマ専ぷよぷよ大会があります。

詳細は、その旨について触れたブログから。

本質的に触れておかなければならないことは、そのブログの誤字によって生まれた、ウェコ・セパラティアンです。そもそもウェコ・セパラティアンとは虚・分離のかっこいい言い方(おれがかんがえたわけじゃないです)であって、認識を誤認させるという意味ではありませんでした。

しかし今では、ウェコ・セパラティアンは虚・分離という意味だけでなく、認識を誤認させる、連戦結果の虚偽報告をするという意味も持っています(虚・分離の意味で使う場合は、ウェコと略して使われることが多いです)。

何故そうなったのか、と言えば俺がブログにて「それからてきとうな路地で僕と風味さんが10先をしました。なんか接戦っぽくなりましたが風味さんに当然勝てるはずもなく、敗北しました

と書くべきところを

それからてきとうな路地で僕と風味さんが10先をしました。なんか接戦っぽくなりましたが風味さんが当然勝てるはずもなく、敗北しました

と書いたからです。

日本語には気をつけましょう。


それから、学生選手権がありました。いおなくんがめちゃくちゃテトリス上手かったです。

レインさんの前でもミラノ風ドリアと大ライスを食べる羽目になりました。レインさんは軽く引いてました。

あの日はレインさんではなく「グルルルシロ」とかそんな名前でした。


それから、理大祭について触れておきます。

初中級大会では、俺は出ないことにしました。

初中級大会では結果として、予選を1位抜けした(階段を封印した)むすこさんと、小学生2人でした。(ともひろくんとオレンジくん?)

むすこさんの罪悪感から縮こまった背中を覚えています。

優勝はともひろくんでした。誕生日だったようで、優勝出来て喜んでいました。おめでとう。

優勝賞品の色紙をとても喜んでくれていて、TOPメンバーはとても嬉しかったし、ああああさんもとても喜んでいました。

特殊ルール大会では、しばかずさんが2連覇しました。おめでとうございます。

ハンタラくん受付忘れてて出れなくて草

メイン大会でも色々あって、まあそういうのはTOPの会期見てください。

俺の話をすると、全敗でした。そのあと、2先負け抜けで俺が勝ち続け席を立つことがなく、まいくチャレンジが発生してて草でした。

俺のまじんぎりと名付けた暴れ中盤は凝視をされていなければ色が引けるか引けないかのゲームを強いるので、相手が色引けなかったら勝てます。かわいそう😢わっしゅさんと連戦しているとよくカモられます。

ただ、会心の一撃が欲しかったのは、メイン大会でしたね。

大会が終わると、タユさんとさくらもちさんからいただいた差し入れ争奪じゃんけん大会が開かれました。

タユさん、さくらもちさん、本当にありがとうございました。TOPメンバー一同喜んでいました。

あと、運営は人並みに手伝った感じでした。草

TOP入った時の意気込みはどこ、、?


11月大会でも色々ありました。確かその時に、99世代の打ち上げがあったという話を聞きました。そしてその時に、2月での99飲みでは店のチョイスが悪く、チーズダッカルビに変に高い金を払ったという趣旨の話を聞きました。草


DFM邸でオフ会がありました。

メンツはDFM、TSさん、えぬむら、なみさん、りつきくん、さひめさん、わいるさん、やさしんくん、俺でした。本来の予定ではミルアさんもいる予定でした。メンツ濃すぎでは?

DFMは家広すぎ、TSさんはその日のしょこる杯で決勝まで行ってました。えぬむら、俺は予選抜けたあと1回戦で負け。わいるさんはわいわいしてました。めっちゃ朝!やさしんくんはたらこ買ってました。さひめさんは本戦組むの上手いらしく、伸び代を感じました。なみさんはカレー美味かったです!洗い物までやってもらってありがとうございます🥺気遣い上手。りつきくんは風味キッズからまいくキッズにクラスチェンジしてて草でした。

とまあそんな感じでした。楽しかったです。菊池ありがとう。




今年はこんな感じでした。

直近だと20のTOP大会と忘年会、24の上野BPTとか行こうか考えてますが、ひとまずこれで振り返り終わります。

長いのに読んでくれてありがとうございました!

風味さんと会いました

2019年10/26(土)に、風味さんに会いました。


その日は昼頃に起きて、まずロイヤルオーサムさんと会いました。 


そして日が暮れた頃、風味さんと会いました。


僕とオーサムさんはマックの2階にいて、風味さんはマックの外にいました。僕とオーサムは風味さんと会う為に2階から降りて、風味さんの居る場所を目指しました。僕は少し緊張をしていて、さりげなくオーサムさんが先を歩くように道を譲りました。

マックを出て、オーサムさんは左右を見渡し、少し微笑んでから右の方へ歩みを進めました。僕としてはその時点でその先にいる人が風味さんであると予想がつくわけですから、その時になんとも言えない気持ちになりました。待ち望んだ日であり、有り得ないと思っていた日でもあるので現実感が無かったです。


風味さんは他の人とは違うオーラがありました。momokenさんは怖いオーラがありましたが風味さんはそういうものとは違いました。単純に普通の人とは違うぜってオーラでした。


風味さんと会って、挨拶をして握手をしました。

オーサムさんは頭痛があるようで、僕は歯が痛かったです。僕らは薬局に寄ってから居酒屋に向かいました。(オーサムさんの体調は治ったのだろうか。)


居酒屋は昭和の雰囲気を残す店でした。L字の机があり、その机が四角く狭い場所をくり抜くように作り出していました。さながらバーカウンターのようでした。いわゆるマスターが建つような場所の後ろの戸棚にはBudweiserなどのビールやウイスキーが並べられていました。壁には、昔の映画館で上映中を映画を示す為に店頭に張り出されているようなポスターが画鋲で止められており、椅子はくるくる回る丸い椅子でした。

L字の長い方に風味さん僕、そしてL字の短い方にロイヤルさんが座りました。風味さんは1度バーカウンターのマスターの位置の椅子にも座りましたが、対面は緊張するのでなんだかんだ席は元の位置に戻りました。


まずドリンクを聞かれ、僕と風味さんはビール、オーサムはカシオレか何かを頼んでいました。

とりぱんさんが風味さんが初登場した大阪のぷよカップで、風味さんがビールを飲んでいるのを見て「陽キャっぽい」と言ったことから、僕らは陽キャと言って盛り上がりました。

(大阪のぷよカップではTOPというサークルメンバーの仲間であるfameやいのうえくんが遠征しており、その際に風味さんに会ったことを自慢されまくりました。僕はしょっしーさんなどに風味さんの印象を聞くことで生きながらえていました。)


僕らはそこから色々な話で盛り上がりました。

中でも、風味さんのさがわちゃんがミニマリストになったからTwitterのアイコンも容量の少ないタマゴの画像になった、だとか僕の虚分離についての解説などで盛り上がりました。

僕も風味さんもオーサムさんも笑いっぱなしの、楽しい飲み会でした。


それからてきとうな路地で僕と風味さんが10先をしました。なんか接戦っぽくなりましたが風味さんに当然勝てるはずもなく、敗北しました。

久しぶりに風味さんと対戦できて嬉しかったです。


ああ、そういえば、3人で写真を撮りました。それから僕と風味さんのツーショットもロイヤルさんが撮ってくれました。アヒル口で撮ろうと風味さんに言われてアヒル口をしたのですが、風味さんはアヒル口になっていませんでした。




忘れないように、書き留めておきます。こうやって思い出を積み重ねるあたり、僕はまたミニマリストになれそうにはありませんね。

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